歴史と沿革・
グループ会社・会社概要

事業拠点

本社

〒671-1234
姫路市網干区新在家1261-12

プラント事業部

技術設計室

〒671-1242 
姫路市網干区浜田字南新々田1604

化工機工場

〒671-1242 
姫路市網干区浜田字南新々田1604

日本触媒事業所
〒671-1241 
姫路市網干区興浜字西沖992-5
株式会社日本触媒姫路製造所構内

ダイセル事業所

〒671-1234 姫路市網干区新在家1239

株式会社ダイセル 姫路製造所 網干工場構内

高砂事業所
〒676-0016 
高砂市荒井町扇町13-15

神鋼高砂作業所
〒676-0008 
高砂市荒井町新浜2丁目3-1

千葉事業所
〒290-0043 
千葉県市原市出津西1丁目1-41

千葉構内作業所

〒290-0045 
千葉県市原市五井南海岸14番地

構内作業部

ダイセル姫路作業所

〒671-1234 
姫路市網干区新在家1239
株式会社ダイセル
姫路製造所 網干工場構内

龍野作業所

〒679-4155 
たつの市揖保町揖保中251-1

 

開発事業部

建設グループ

営業部/工務部/業務部/土木部/建築部/電気計装部

〒671-1234 
姫路市網干区新在家1261-12

大阪営業所

〒530-0012 
大阪市北区芝田2-8-10

和歌山営業所
〒640-8342 
和歌山市友田町4-95

物流グループ

運輸部

〒671-1242 
姫路市網干区浜田字南新々田1223-5

自動車サービスセンター
〒671-1331 
たつの市御津町岩見字清水1544-4

歴史

~1906年 株式会社ハマダ100年の原点


今から100年前。
揖保川を上り下りする船が帆を連ねていた網干の町に、印半纏を羽織った創業者・帽田藤治の姿があった。
川岸に広がる荷揚げ場には人と物が行き交い、水運の拠点らしいにぎわいを見せていた。
生まれ育った浜田村の名を冠した株式会社ハマダの原点は、活気溢れる港町の風景に遡る。

1908年 近代工業を支えた濱田組

 

急速に近代化する生活に、文具、日用品の需要は高まり、セルロイドの増産が求められた明治41年(1908)。
日本初の本格的セルロイド工場として、日本セルロイド人造絹糸株式会社が網干に設立された。
帽田藤治が結成した「濱田組」は、機帆船・セルデン丸を駆って、この大事業に貢献。
この後、長きにわたる関係を築く、大きな一歩を踏み出した。

1941~1951年 戦争がもたらした転機

 

時代が昭和に入ると、世界はしだいに戦争への歩みを速めていく。
昭和6年(1931)の満州事変を皮切りに、日本も次第に軍事力を強めて、国内は戦時色に染まっていった。
戦争が確実なものになると、網干にもその波は押し寄せる。
濱田組はこの戦争を機に、水運から陸送へと大きな転機を迎えることになる。

1952年 戦後の活路を開いた重量物運搬

 

徐々に戦争から復興を遂げていた昭和27年(1952)、濱田組は「株式会社浜田組」として新たにスタートした。
戦時中に就任した2代目社長・帽田武雄は、堅実経営の初代に対して、積極的な経営を展開。
日本各地の現場へ東奔西走しながら、浜田組は重量物運搬への転換を遂げていく。

1960年 プラント建設工事への本格参入

 

折しも高度成長が始まろうとしていた1960年代は、重化学工業が躍進著しい時代。
各地で巨大な工業地帯の建設が相次ぐなか、浜田組も建設業免許を取得し、本格的にプラント工事に進出する。
スケールの大きな仕事を目指した2代目の経営姿勢によって、この頃から、全国的に大規模工事に参入を始めた。

1970~1977年 総合建設業への節目の年

 

高度成長の一つのピークを示した大阪万国博覧会。
戦後の一大イベント開催と時を同じくして、浜田組の新社屋が完成。
昭和45年(1970)は、節目の年として記憶されている。
それまで、新入社員が一抹の不安さえ抱いた古い木造一軒家のブリキの看板が役目を終えるとともに、浜田組は総合建設業への道を歩み出す。

1991年 土木・物流・倉庫まで多業種への展開

 

昭和という一時代の区切りとともに、浜田組も変革期を迎えていた。
戦後から築き上げた重量物運搬、建設工事に一層の信頼を高めるとともに、土木建設や倉庫業といった分野へ進出を果たしたことで、新しい可能性を広げる契機となった。
社名を株式会社ハマダに改称して心機一転、新たな世紀が始まった。

2005 総力を結集した大工事

 

社員の数が増えるにともなって、工事のスケール、現場の人員ともさらに大規模化しつつあったプラント部門。
そのなかで、平成17年(2005)、創業以来最大のプラント工事を受注する。
物量・工程とも桁外れの大工事は、品質・安全管理の充実を進めるハマダの信頼を高めたプラント事業の集大成として、記憶に残る仕事となった。

2006年~ 次世代を見据えた新たな試み

 

創業から1世紀、さまざまな客先の要望に応えて成長を遂げてきたハマダ。
その膨大な現場での蓄積は、環境を配慮した21世紀型の建設業を担う技術の開発へと向けられている。
環境へのリスク削減策として注目を集める、独自の「サンドピューアシステム」を筆頭に、時代を見通す創造力で、ハマダは次の100年に貢献する企業を目指す。

沿革

明治39年12月
創業者 帽田藤治 姫路市網干に創業する。
昭和27年9月
法人組織に変更し、株式会社浜田組となる。
資本金50万円
昭和27年12月
木船運搬事業免許を得る。
昭和28年10月
沿岸荷役事業免許を得る。
昭和32年10月
資本金200万円に増資。
昭和35年12月
建設業免許を得る。
昭和37年3月
自動車分解整備認証を得る。
昭和38年7月
一般区域貨物運搬事業免許を得る。
昭和43年8月
資本金1,600万円に増資。
昭和45年12月
本社を姫路市網干区新在家1261-12に新築する。
昭和50年3月
資本金2,400万円に増資。
昭和52年12月
化工機工場新設。
昭和57年3月
資本金3,000万円に増資。
昭和60年12月
整備工場を自動車サービスセンターと改称する。
平成3年10月
倉庫業営業免許を得る。
平成3年12月
社名を「株式会社ハマダ」に改称。
平成6年3月
資本金5,502万円に増資。
平成11年10月
ISO9002認証取得(開発事業部)。
平成14年11月
ISO9001認証取得(開発事業部)。
平成17年1月
ISO14001認証取得(開発事業部)。
平成18年11月
OHSAS18001認証取得(労働安全衛生マネジメントシステム)。
平成21年11月
ISO9001認証取得(化工機工場)。
平成22年12月
ASME認証取得(化工機工場)。
平成23年3月
株式会社HINO グループ会社となる。
平成28年6月
株式会社ナガオカ グループ会社となる。
令和1年6月
化工機新工場建設。
令和1年10月
株式会社アステック グループ会社となる。
令和1年11月
株式会社三信工業 グループ会社となる。
令和2年9月
ISO45001移行認証取得(労働安全衛生マネジメントシステム)。
令和5年3月
株式会社朝日テクノ グループ会社となる。
令和6年2月
株式会社KCH グループ会社となる。
令和6年2月
共栄プラント株式会社 グループ会社となる。
令和6年3月
株式会社中谷運輸 グループ会社となる。
令和7年7月
汗管興業株式会社 グループ会社となる。

会社概要

社名 株式会社ハマダ
代表者氏名 代表取締役社長 帽田 泰輔
本社所在地 兵庫県姫路市網干区新在家1261-12
資本金 5,502万円
年間売上 207億円(令和7年5月期)
主たる事業内容

【プラント事業】
化学プラント設備(圧力容器・熱交換器・加熱炉・水処理設備等)のトータルケア事業を行っています。
●設計●製造●輸送●据付・配管・保全

 


 

【開発事業】
土木・建築工事を中心にあらゆる公共工事を請負っています。
その中でも水道施設工事を特化して取り組んでいます。
また、福祉施設や民間工事においても多くの施工実績を保有しています。
●土木●建築●水道施設●電気計装●太陽光発電●不動産

 


 

【物流事業】
運送業から倉庫事業を一貫して行うと共に大型クレーンによる揚重作業・自動車整備など幅広く展開しています。
●運輸・営業倉庫●民間車検工場

主たる取引先 株式会社ダイセル
株式会社日本触媒
日本ポリマー工業株式会社
関西電力株式会社
関電プラント株式会社
株式会社神戸製鋼所
株式会社コベルコE&M
株式会社神鋼環境ソリューション
川崎重工業株式会社
株式会社レゾナック
五井化成株式会社
住友重機械工業株式会社
住友重機械エンバイロメント株式会社
住友重機械プロセス機器株式会社
日鉄環境エネルギーソリューション株式会社
日揮株式会社
カナデビア株式会社
株式会社IHIプラントエンジニアリング
東芝ロジスティクス株式会社
ダイセン・メンブレン・システムズ株式会社
株式会社大阪真空機器製作所
株式会社大阪チタニウムテクノロジーズ
株式会社ノリタケTCF
栗田工業株式会社
オルガノ株式会社
大阪ガス株式会社
国、兵庫県、姫路市 ほか
取引銀行 三井住友銀行 網干支店
みなと銀行 網干支店
兵庫信用金庫 網干支店
グループ会社